2017年7月9日日曜日

世界遺産の街モスタルとまだこれからのサラエボ

5月24日7:30ドブロブニクを出発、ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルへ向かいました。国境を越えクロアチアからボスニア・ヘルツェゴビナへ入ると銃弾の跡が残る建物が頻繁に目に入ってきました。

11時にモスタルのバスターミナルに到着。添乗員さんの情報ではこの売店がお土産の最安値とか。
バスターミナルの隣にある聖ペーター教会、16世紀にカトリック教会として創建されたが、内戦で破壊され、2,000年に再建された新しい教会。100mを超える鐘楼にはエレベーターで上れるそうです。良い景色が見られそうですが行けませんでした。
有名な橋に行く途中に紛争で破壊されたのでしょうか、壊れた住居が残っていました。この前の道には物乞いの男の子や赤ちゃんを抱いた女の子がずらずら座っていました。約20万人の死者と200万人以上の難民を出したボスニア紛争が終わって約20年。クロアチアから来ると復興度合に大きな格差を感じます。
ネレトヴァ川をはさんで東側はイスラム系住民、西側はクロアチア系(カトリック教徒)住民の居住区で長い間、スターリ・モスト橋を行き来し平和に共存をしていたそうです。
川の色がとっても綺麗で印象的でした。
ネレトヴァ川にかかるスターリ・モスト橋。1566年、オスマン・トルコ帝国の時代に建造された。ボスニア紛争の最中、1993年に破壊されてしまいました。2004年、両民族の努力とユネスコの支援を受けたトルコ企業によって復元され、翌年2005年世界遺産に登録されました。

橋の近くの道は観光客で溢れていました。この通りで絵を1枚買いました。とても真面目そうな青年だったので。復興途上のこの町でお金を使えば少しは役に立つのかなと思ってお土産物屋さんを覗くのですが売っているものはトルコのものばかり・・・(-_-;)
結局、バスターミナルにある最安値の売店でポロシャツを買いました。たったの8ユーロでした~1,000円しない!ちっとも貢献できない・・・。紺と白のボーダー柄で有名なクロアチアのAqua Maritimeとはデザインと品が全く違うけれど値段がかなり安い(◎_◎;)
モスタルからバスで2時間半、サラエボに到着。激しい雨の後だったのでミリャツカ川が茶色く濁っていました。
 サラエボはボスニア・ヘルツェゴビナの首都。旧市街は趣のある古い建物が立ち並ぶ素敵な街並みです。旧ユーゴは『七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家』と形容されていた国なのでサラエボにもいろいろな教会があります。
サラエボと聞いて最初に頭に浮かぶのはサラエボ事件でしょう。そのサラエボ事件でオーストリア皇太子夫妻が暗殺された場所。
暗殺現場の前にかかるラテン橋
オーストリア・ハンガリー帝国時代(1894年)に市庁舎として建設され、1949年より、国立図書館として貴重な書物が保存されていたが、ボスニア紛争開始直後の1992年、砲撃を受けて全焼、200万冊以上の本や資料などが失われた。現在の建物は建て直され2014年に修復工事が完了したばかり。
サラエボ事件で暗殺されたオーストリアの皇太子夫妻はここを訪れた帰りに暗殺された。
セルビア正教会の大聖堂、バルカン半島全体でも最大級の聖堂のひとつ。
カトリックの大聖堂、ボスニア紛争の時、激しく損害を受け、土台の部分には弾痕がある。
大聖堂の前にあった「Sarajevo rose(サラエボのバラ)」と呼ばれているもの。ボスニアの内戦の時に砲弾を受けて犠牲者が出た場所、砲弾の跡のくぼみを赤い樹脂で埋めている。紛争の悲惨さを人々に訴えるものだがあまりに生々しく胸が締め付けられてしまう。20年たち復興が進み数が減ってきているそうです。一日も早く美しいサラエボの町に戻ることを祈ります。
ガジ・フスレヴ・ベイ・ジャーミヤ、この国で最も重要なモスク。かわいい地元ガイドさんはベルばらのファンで秋から日本に留学するそうです。日本のアニメはここでも浸透していた(*^-^*)
バシュチャルシヤ、トルコ語から由来するバザール
ホテルハリウッドに泊まりました。4つ星のホテルですが天井の電気を見てもクロアチアやスロベニアに比べ経済面でかなり遅れているのを感じます。サラエボ国際空港まで車で5分なのが何より便利。夜、このホテルで大学の卒業記念パーティーが行われ結婚式のような派手な衣装の若者たちで大盛り上がりでした。悲しい過去をもつサラエボですが、そんなことを感じさせないほど若い人たちは元気で希望に満ち溢れていました。旅の最後にホッとさせられました。
帰りはミュンヘン乗り継ぎでした。ミュンヘン空港は広いので大急ぎで移動し待ち時間0! 飛行機の乗り継ぎで待ち時間がないって最高です。
これにて今回の旅日記は終了です(^^)/~~~

6 件のコメント:

brosa さんのコメント...

国によって復興度合いも違うんですね。
20年たった今でも壊れた住居がそのままなのは、悲しいですね。

旧ユーゴは『七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家』

いろんな物が融合され奥深いんですね。
ゆっくりとまわりたい国です。

修復工事が終わった国立図書館は、外観が綺麗過ぎてまるでおもちゃをみているようです。


4星ホテルなのに、まるで日本ビジネスホテルみたいですね。
卒業記念パーティをホテルで。。。
何はともあれ、若者が復活の原動力になってくれる事が一番です。1日も早い復興と平和を願います。

とりおた さんのコメント...

長旅お疲れ様でした。ユメミーさんの記事で歴史に興味が出てきました。少しずつ勉強したいと思います。
世界は美しいですね。

栄ちゃん さんのコメント...

ユメミーさん

今回のUPも内容豊富
写真枚数と記事が凄いですね
戦争に傷跡がまだ残る観光地
辛いものが有りますね
全て宗教対立からの争い
戦争で良いことは一つも無いです
平和でなければ

ユメミー さんのコメント...

☆brosaさん
復興の差にはショックでした。
農業国なので紛争後、農耕地が使えるまでに回復していないのが原因だそうです。
まだ時間がかかりそうです。
>修復工事が終わった国立図書館は、外観が綺麗過ぎてまるでおもちゃをみているようです。
歴史的な重みが出てきませんが、地元の人にとっては修復されたことはとても嬉しいことのようです。

卒業パーティーは結婚式か宝塚の衣装のようで何事かと思いました。
結婚式同様、夜通し大騒ぎ、パワーあります!

ユメミー さんのコメント...

☆とりおたさん
長い間、お付き合いくださり有難うございました。
旅行に行く前にいろいろな方々のブログで予習をさせていただいているのが
役に立っているので、今度行かれる方のお役に立てれば嬉しいなと思っていたら、
ついつい長くなってしまいました。

世界は広いし知らないことがいっぱいです。
いろいろなところを見てきたいです。

ユメミー さんのコメント...

☆栄ちゃん
写真、多過ぎましたね。
二回に分けようかと思ったのですが、
一つにした方がこの国の現状が伝わるように思い一回にしたら長過ぎました<(_ _)>

この紛争は宗教対立ではなく共産主義独裁への不信が端を発し・・・
日本の近くの国の暴走が怖いです(~_~;)