チュニジア13 ハマメットはお風呂じゃないよ~

2020年4月14日火曜日

3月1日、8時出発なので少しゆったり気分になりました。
朝御飯も美味しいスース パレス ホテル(Sousse Palace Hotel & Spa)でした。 朝からいっぱい食べてしまいました。
まだ薄暗いけどスースのビーチも味合わなければね!
スース パレスのフロント、街並みの絵がステキ~
このフロントから添乗員さんから頂いた絵葉書を母に出しました。
三角の切手がおしゃれです。3月1日に出したこの葉書は24日に着きました。あまりの遅さに母は呆れてましたが喜んでくれました😊
スースからバスで1時間、ボン岬の付け根にある小さな漁村です。あの城壁の中のメディナ(旧市街)に行きました。
フランス植民地時代1927年にルーマニアの大富豪ジョルジュ・セバスチャンが豪華な別荘を建て、ヨーロッパ中にハマメットが知られるようになった。
「狭き門」を書いた作家アンドレ・ジイド、画家パウル・クレー、建築家のフランク・ロイド・ライト、ソフィア・ローレン、ジャン・コクトーなど、多くの芸術家・文化人に愛された町。
町の名前のハマメットはトルコ語のハマムからきている。上の写真に位置情報がなかったのでハマメットのビーチを検索したら、日本語が銭湯になってる😲
お~~い、google先生、ハマメットはトルコ式のお風呂じゃないよ~
バスを降りるとジャーン、地中海のビーチ😍
ちょっと写真が暗かったのでお空の天気を変えられるアプリで遊んでみました。
実際はこんな感じです。
上を見上げたらナツメヤシの果実デーツがなっていた。
チュニジアらしいベンチ。なんにでもタイル貼るの好きだけど、これはお尻が冷えそうだ。
ジャスミンの花束を持つセイレーン(Sirènes)。
半身が魚の三人の姉妹、美しい歌声で船乗りたちを惑わす。
ハンマメットの名産はジャスミン、ジャスミンを帽子にたくさん飾っている花売りおじさんが何人もいました。
真ん中の赤い服を着ているのが花売りおじさん。
海沿いに歩きメディナの中へ入ります。
メディナ(旧市街)は道が狭く迷路のようです。
グランド・モスク(Mosquée Kabir Hammamet)のミナレット。。15世紀のもの。パウル・クレー『モスクのあるハマメット』に描かれている。
道が狭いのは一気に大勢の敵が襲ってこないようにする目的があった。
最近はメディナの元々の住民は外へ移住し、観光客用の民泊にしている家が多くなってきた。
芸術家に愛されている町だけあってアトリエもいくつも見かけた。
ここにも魔除けのお魚があった。
小さなメディナなのにあるわあるわ素敵なチュニジアン・ドア!  どれにしようかなぁ・・・って、どれも無理でしょ🚪
15世紀に建設された要塞。16~17世紀にスペインなどヨーロッパから襲撃をしばしば受け大砲を備え堅固な要塞に改築された。
要塞の中庭、今ではとっても穏やか。
城壁の上を一周しました。パウル・クレーの『モスクのあるハマメット』の景色を見ることが出来ます。
気持ちいい~
キレイな海~~~対岸はスースかなぁ
城塞の上にあったカフェ、ここでぼぉーっと海を眺めたい。
人気のリゾート地にたった1時間半の滞在、ヨーロッパ人は1週間はいるでしょうに・・・
ハマメットを10時半に出てボン岬の先端に向かいました。
途中で出会った菜の花畑
ボン岬は肥沃な土地、農業も盛ん。
12時半、ボン岬の先端、エル・ハワリアにある海辺のレストラン「La Daurade」に到着。有名人も来る人気のレストランだそうです。
海の向こうに見えているのはゼンブラ島(Zimbra)。
ゼンブラ島は1977年以来ユネスコによって自然保護区になっている。珍しい植物、生き物、渡り鳥のルート、イルカは島周辺の海でもよく見られる。
私達は建物の中の席でした、残念。
イカフライ、シーフードスパゲティ、チョコレートムースそしてここでもオレンジジュース。お料理がイタリアンね。
レストランの前、シチリアまで140km!
シチリアのアグリジェントで「向うがチュニジアです」と聞いたチュニジアにやっと来た~と一人感慨にふけりました。