3月24日8:45にカルモナをバスで出発し、10:20にコルドバに到着。現地の日本人ガイドさんのお迎えで早速コルドバ歴史地区観光の始まりです。
ユダヤ人街の白いお家が並ぶ地域を通ってメスキータ(mezquita)へ🚶メスキータ(mezquita)はスペイン語でモスクの意味、コルドバの聖マリア大聖堂(Catedral de Santa María de Córdoba)が正式名称。
知らなかった😓
ざっくりメスキータ(イスラム教とキリスト教の勢力争い)の歴史をメモしておきます。自分のために( ..)φメモメモ
6世紀から7世紀 カトリックの聖ビセンテ教会があった。
8世紀ごろ聖ビセンテ教会は半分をイスラム教のモスクとしても使用されるようになった。
8世紀末にはイスラム教徒がキリスト教徒から聖ビセンテ教会を完全に買い取り、新たにモスクの建造した。
10世紀末から3回にわたって拡張工事が行われ、2万5千人を収容する巨大モスクが完成。
13世紀にコルドバの巨大モスクはカトリックの教会に転用される
16世紀、モスク中央部に教会堂が建設され、現在のような不思議な建築物となった。
この話を頭に置いてメスキータを見ると、なるほどなるほどとなるのでした。
たくさんの円柱は世界各地から集められたものなので大理石の色や柱の上の部分の模様が異なっています。柱よりさらに高い天井を支えるために考えられたのが2重アーチだそうです。しかも赤く色が塗ってあるのかと思ったら赤いレンガと白の石灰岩を交互に楔状に並べているのです。すごいわ~
壁に沿ってある檻のようなお部屋が並んでいます。これはキリスト教の個人の家のお墓ですが管理費が高く放棄してしまっている家が多いそうです。日本のお墓事情と似てる😥1236年にキリスト教国がコルドバを奪還した際に一番最初に造られた礼拝堂。それでもイスラム教徒が土地を追われることはなく、金曜日にイスラム教徒が集団礼拝をし、日曜日にはキリスト教徒が礼拝をするなどの共存をしていたそうです。良い時代でしたね。メッカの方向を示すミフラーブ (Mihrab)、あまりに美しいので壊されなかったようです。ここのミフラーブはメッカの方向ではなく南を向 いています。メスキータを建設したウマイヤ朝の初代アブド・アッラフマーン1世は故郷シリアのモスクと同様に、南側を向く設計を採用しました。「望郷の念」てことね。このビザンチンモザイクはイスラム建築の傑作と言われ、草花やコーランの一節が刻まれています。異教の芸術を尊重して残してくれたキリスト教徒に感謝です。宝物室にあった聖体顕示台は日本で言えば御神輿のようなもので、聖週間に担いで町を練り歩くそうです。普段は右端に写っている銀の台に乗ってガラス張りのケースに収められているそうですが、聖週間開催直前(2026年は4月初旬〜中旬)でお手入れ中のためケースから出してありました。これはすごくラッキーなことみたいです。3回も増築し、この頃にはもう再利用する大理石の柱はなくなり、新しく作られた円柱なので長さと上の白い部分のデザインが統一されています。柱にサインが残っているのは落書きではなく、柱を作った職人さんのサインです。工賃を貰う時の印だったと考えられてます。「円柱の森」と呼ばれている礼拝の間ですが、現在はカトリックの教会なのでイスラム教の礼拝は禁止されています。現代人の方が心が狭いのかな。15世紀終わりに造られたキリスト教の主礼拝堂
この時、千本以上あったイスラムのアーチ柱は850本ほどに減らされた。完成した姿を見た王様カルロス5世は「世界のどこにでもあるような物を造るために、どこにも無い物を壊した」と嘆いたそうです。時すでに遅しですよ。その結果、世界のどこにもないイスラム教モスクの中のキリスト教礼拝堂という建造物ができ、世界中から観光客が訪れ、それぞれの文化の美しさに感動し、スペインにお金を落としているのだから良かったんじゃないのと王様を慰めて差し上げましょう<あんたが慰めてどうすんねん🤫18世紀に制作された豪華なマホガニー製の聖歌隊席があり、一席ずつ異なる木彫り細工が施された聖職者たちの椅子が並んでいます。ここのパイプオルガンもすごい!メスキータの中央の天井を突き破り高くしたことで建物全体に光をもたらした。良いこともあったんだ😉オレンジの庭と鐘楼、セビリア大聖堂と同じくイスラム教徒が礼拝前にが体を清めるための沐浴を行う場所だったところがオレンジの庭。
鐘楼は1593年にもとあったモスクのミナレットを改修して大聖堂の鐘楼として利用されています。周囲の外壁は175×135m、高さ10m。外壁の装飾も立派、たくさんの人が出入りしていたモスク時代は華やかだったのでしょう。ユダヤ人街の花の小径から鐘楼が見えてます。みんなが写真を撮るので狭い道に人がぎっしりです。渋滞です。グアダルキビル川、旧市街はここまでです。小さく真ん中に写っているアルボラフィアの水車小屋(Molino de la Albolafia)は王宮アルカサルに水を供給するために建設されたもの。基礎部分はローマ時代で上の建造物は14世紀に建てられたものと考えられています。水車は20世紀に再建されたもの。まあるい水車の後ろがアルカサルです。他にも使われなくなった水車小屋がありました。ローマ橋(Puente romano de Cordoba)はウィキペディアによると長さ247m、幅9mで、16個のアーチからなります。紀元1世紀にローマ人によって初めて建設され、その後何度も再建されました。こちらから2番目と3番目のアーチがローマ時代のオリジナルのものだそうです。すごい!
右端はカラオーラの塔(Torre de la Calahorra)。ローマ橋を守るために築かれた要塞です。この景色は最高です。最近自覚したのですが私は橋が好きみたい。きれいな橋の写真を見ると行ってみたくなります。
この近くのレストランでお弁当を受け取り、AVE高速鉄道でマドリードへ行くためコルドバ駅に向かいました。コルドバ駅。コルドバ歴史地区を出ると道幅も建物も当たり前だけど現代です。ここでトラブル発生! 予約してあった電車がなくなっているんです!日本の新幹線ならあり得ないです。現地ガイドさんによると珍しいことではないので駅に着いたらまずは電光掲示板を確認することは必須だそうです。予約変更で取ってくれたのは1時間遅れの電車です。私達は仕方なく駅でお弁当を食べてましたが、添乗員さんは次に行くプラド美術館の予約に間に合うかハラハラしてらっしゃいました。観光客の多いスペインでは予約してないと入場が難しいそうです。
AVE高速鉄道2等車の予約でしたがガイドさんが1等にしてくれるように交渉してくれました。スーツケースなど大きな荷物は朝、ホテルからバスで先にマドリードのホテルへ出発してくれています。楽ちんです👍コルドバからマドリードまでは高速鉄道で約1時間45分。
スペインは思っていたより広く、こんなにたくさん移動したと思ってもまだスペインの南半分なんです。
駅構内
これが乗車したスペインの高速鉄道です。大きな事故の後ですがもう何事もなかったように普通の状態でした。AVE高速鉄道2等車の予約でしたがガイドさんが1等にしてくれるように交渉してくれました。スーツケースなど大きな荷物は朝、ホテルからバスで先にマドリードのホテルへ出発してくれています。楽ちんです👍コルドバからマドリードまでは高速鉄道で約1時間45分。
スペインは思っていたより広く、こんなにたくさん移動したと思ってもまだスペインの南半分なんです。
無事にマドリードに到着しましたが、マドリードは大渋滞でまたもや添乗員さんはハラハラです。

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