バルセロナ、カタルーニャ音楽堂と歴史的建造物

2026年4月2日木曜日

スペイン

 3月19日、スペイン初日はバルセロナです。ホテルがとても便利な場所で歩いていろいろなところに行けます。10時に出発してカタルーニャ音楽堂へ向かいました。歩いている途中にも素敵な建物がたくさんありました。

昔の建物は1階は馬車に乗ったまま入って行くので1階の入り口は高く大きいです。2階はビルのオーナーの住まいなので立派なバルコニーがあります。3階以上は賃貸マンションとなっています。このCasa Calvet (カサ・カルベット)は意外なことにガウディの初期の作品です。1900年に最優秀建築に選ばれ、1969年に国の重要文化財に指定されました。
ガウディはこの頃はまともだったのか・・・いえいえまだ個性が爆発していない時代ということでしょう🤫 今ではバルセロナはガウディ人気で成り立っているような勢いです。
バルセロナ・フラワーという歩道のタイルもガウディのデザインです。

歩いて14,5分でカタルーニャ音楽堂で到着

狭い道路のごみごみしたところに突残現れました。この時期は修学旅行のシーズンだそうで、どこへ行っても近隣諸国からの子供達でいっぱいでした。
前の道が狭くて全景が撮れないのが残念。カタルーニャ音楽堂はバルセロナ出身の建築家ムンタネーの作品。ムンタネーはバルセロナ建築学校(現在のカタルーニャ工科大学建築学部)で若くして教授となったエリートです。バルセロナ建築学校の教授時代の教え子には後にライバルとなるアントニ・ガウディがいます。
ムンタネーは日本で言えば東大教授のような立場なので公の建築が多く依頼され残っています。世界遺産のカタルーニャ音楽堂とサン・パウ病院、バルセロナ万博のレストラン等。
バルコニーの柱は全て異なるデザイン。当時の最先端技術であった鉄骨構造ですが温かみがあります。
座席数は約2,200と大きくはありませんが明るくメルヘンチックな雰囲気です。たくさん写真を撮りまくってしまいました。


音楽堂からバスが待っていてくれている場所まで歩きましたがどこをどう歩いたのやら? ガイドの日本人のおじさんが30年ぐらい前に学生で来た時はこういうアパートに住んでいて暗くて寒くて辛かったとお話されてました。
大通りに出てバスからは綺麗な景色が広がります。1888年のバルセロナ万博のために建設された凱旋門。
バスに乗って世界遺産のカサ・ミラ(Casa Milà)に到着、この中のレストランでランチです。ガウディ建築です。
1階のレストラン、カフェ デ ラ ペドレラ(El Cafè de la Pedrera)
地中海をイメージして作られた建物なので天井は波だそうです。素敵!
お料理はとても美味しかったです。飲み物はアルコールもすべて料金に含まれていたので男性陣が大喜びでした🤩
食事の後は16時まで自由行動でしたので先ずはカサ・ミラの中を見学。
直線部分をまったくもたない建造物なので中庭に面した部分も丸い。
屋根裏にはガウディの設計に関連した模型や資料がありました。↑がカサ・ミラの全景です。ガウディが54歳の時に設計。実業家の邸宅として建設された。波打つ曲線は地中海をイメージしているそうです。
有名な吊り実験の模型もありました。これを写真に撮ってひっくり返し、サグラダ・ファミリアの構造を考えたそうです。
グラシア通りの歩道のタイルもガウディです。
海かたつむり、ヒトデ、藻です。だいぶすり減ってます。
赤いタイルには RUTA DEL MODERNISME と書かれています。日本語で「モデルニスモ (近代主義) のルート」という意味で、近代主義建築を巡るルートの案内です。グラシア通りには有名建築家の建物が並んでいます。
賃貸のお部屋を見学。賃貸と言ってもブルジョア層なんでしょう。
この屋上が一番不気味でした・・・煙突は何をイメージしてつくったのでしょう。凡人には分からない🤯
建設当時のバルセロナ市民はカサ・ミラを醜悪な建物とし「石切場(La Pedrera)」と呼んでいたそうです。
カサ・ミラの斜め前にモデルニスモを代表する3大建築家の建物が並んでいます。
右端がカサ・バトリョ Casa Batllo ガウディ作品。海をイメージして作られた。才能が爆発しすぎたのかもはや私は住みたい家ではない。
真ん中はプッチ・イ・カダファルク作品。チョコレート王アマトリェール邸。
左端は現在は1階に「ロエベ」が入っているカサ・リェオ・イ・モレラ。カタルーニャ音楽堂を造ったムンタネーによるもの。せっかくなのでロエベに入って見たら、すごい値段だった!円安のせいで何もかもが想像以上に高い!
グラシア通りは有名ブランド街のようなので、少し外れてぶらぶらスーパーを3軒覗いて集合時間に戻って来ました。
次はグエル公園です🚌