2010年12月14日火曜日

南イタリア旅日記 13 アグリジェント

古代ギリシャ神殿がたくさん残るアグリジェントの神殿の谷にやってきました。 もちろん世界遺産です。
大量の観光客が訪れるアグリジェントは中世のたたずまいを残す旧市街と現代地区と「神殿の谷」と呼ばれる考古学地区の三つに分かれています。 紀元前581年ごろギリシャ人によって築かれた街です。 紀元前5世紀ごろは人口が30万人近くあったほど栄えた街、現在の人口は52,000人だそうです。
アグリジェント在住の日本人ガイドヨーコさん
この方に当たるのはとてもluckyだそうです。
ヨーコさんはイタリア留学中にここを訪れ、したい時にしたい事をして誰も文句を言わないこのアグリジェントが気に入り、そのまま住みついているそうです。
神殿の谷へ入ってすぐにヘラ神殿がありました。
東端、丘の一番高い所にあります。
紀元前460年ごろ作られた。
ギリシャ神話の最高神ゼウスのの妻ヘラに捧げられた神殿。 バスの中で添乗員さんがギリシャ神話を詳しく話してくれました。ヘラは「結婚、母性」の神様だそうですが、嫉妬深く気に入らない子供を飲みこんだり、吐き出したり、訳のわからない話でした(>_<)
ヘラ神殿から遠くに見えるコンコルディア神殿までまっすぐ800メートルの道が続きます。
道の左側は神殿と城壁の跡、神殿の入り口は全て東を向いています。


城壁の半円の穴はお墓だったそうです。 
アーモンドの花の季節はとても綺麗だそうです。

遠くに海が見えます、海の向こうはチュニジュアです。


マテーラの水滴の彫刻の吾妻兼治朗氏の作品
丘のの中央にあるコンコルディア神殿、紀元前460~440年頃建てられた。 ローマ神話では「平和、調和」の女神コンコルディアに捧げられたことになっているそうです。


アグリジェントの神殿は彩色神殿だったので、とても華やかだったことでしょう。


疫病が流行った時のお墓の跡
たくさんの人がいっぺんに亡くなったんですね。
遠くに見えているのが現代地区、高層ビルがぎっしり!
アグリジェントの発掘に生涯を捧げたイギリス人考古学者ハード・キャッスル。
同性愛者だった彼が有名な青年像を発掘したのは意味深と、ガイドのヨーコさんはおっしゃってました・・・


アグリジェントで一番古い、ヘラクレス神殿、紀元前520年頃建てられた。 ギリシャ神話の英雄ヘラクレスに捧げられた。
これもハード・キャッスルによって復元された。
ゼウス神殿、紀元前480年に建築が始まり、未完成のうちにカルタゴ軍に破壊され、その後も地震があり、16世紀ちかくには港の堤防建設のために神殿の石が石材として持ち出されているそうです。 そんなことで、ただの瓦礫の山にしか見えませんがサッカースタジアムぐらいの大きさの一番大きな神殿だったそうです。
黒いのはカビではなくこけだそうです。
苔が緑に色づく4月はとてもきれいだそうです。

ゼウス神殿を支えていた男像の柱。
これはレプリカ、本物は考古博物館

←これは本物、丁度私たちが行く数週間ほど前に発見された男像の本物、どこがどうなっているのかさっぱり分かりません!!

ゼウス神殿からの眺め
遠くに見えるのが5世紀末に建てられたディオスクーリ神殿、ゼウス神殿から眺めただけでしたが、かなり遠く、広かった。発掘作業中のようで、観光客を入れてない様子。


出口で振り返るとヘラクレス神殿がとても綺麗でした。


石を運んだ遺構
オリーブ実がたくさん成ってました。 ダイヤの1カラットの大きさはオリーブの実の大きさだそうです。


神殿の谷の出口で食べた「グラニータ」、シャーベットより軟らかく、かき氷よりきめ細かい、暑いシチリアでは身体に水分が染みわたって美味しかった♪
すっかり気に入り、休憩の時は必ずグラニータ(^_^)v
これはレモン味

アグリジェントからこんな景色の山を越え、パレルモに戻りました。

シチリアではたくさんの風力発電の風車を見かけました。
翌日、パレルモから帰国の途につきました。
パレルモの空港はとても小さい空港でした。
この空港の直前にある橋はマフィアをたくさん刑務所送りにした検事さんが車ごと爆破された橋だそうです。
マフィアと戦った勇気に敬意を表し、その橋には検事さんの名前がつけられているそうです。

これにて南イタリア旅日記終了です。
後で旅行を振り返ることは大事だと思いました。
写真の確認だけでなく勉強にもなりました。 読んでくださって有難うございます。

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