比叡山延暦寺 東塔

2019年11月30日土曜日

滋賀 比叡山

延暦寺とは、比叡山の山の中にある1,700ヘクタールを境内として、そこに点在する約100ほどの建物の総称で、延暦寺という建物はありません。100で多いと思うのですが織田信長の比叡山焼き討ち以前には「三塔十六谷三千坊」と称されたように、3,000以上のお堂や塔が立ち並んでいたというからすごいです。
東塔(とうどう)、西塔(さいとう)、横川(よかわ)の3つのエリアがあります。
比叡山ドライブウェイの田の谷峠ゲートから比叡山に入りました。
夢見が丘展望台から琵琶湖が見えます。ここは滋賀県!
ちょっと行くと登仙台駐車場があり滋賀と京都の県境があります。駐車場の住所は京都市左京区、左京区って広い!
登仙台駐車場からは京都市内を望むことができます。車のナビは「京都に入りました~」と、言ったと思ったら「滋賀に入りました~」で東塔エリアの駐車場に到着。比叡山ドライブウェイ内の駐車場は全て無料でした。
根本中堂全景
詳しい説明のパネルがたくさんあるのですが読み切れません。
最澄さんの言う「一隅を照らす存在」とは自分自身が置かれたその場所で、精一杯努力し、明るく光り輝くことのできる人のこと。
左が大講堂、右が平和の鐘(開運の鐘)1人1回50円で鐘を突くことが出来ます。平和を祈ってやってみました。ものすごい響きにびっくりしました。
大講堂は本来仏教の講義をするお堂で、勉強する学問修行の道場です。今は比叡山で修行した各宗派の宗祖の木像や高僧の肖像画が置かれています。
最澄さんは延暦寺を「一隅を照らす存在」になるために学び、自身を仕上げるための修行をする場所を目指したのでした。中国から持ち帰った、念仏、法華経、禅などあらゆる宗教学問を総合的に学べるいくつものお堂を作ったのです。ブラタモリでは総合大学のようにしたと言ってました。分かりやすいですね。比叡山という総合大学で勉強した修行僧が自分なりの仏教を開いていったということです。
  日蓮:日蓮宗の宗祖
  道元:曹洞宗の宗祖
  栄西:臨済宗の宗祖
  円珍:天台寺門宗の宗祖
  法然:浄土宗の宗祖
  親鸞:浄土真宗の宗祖
  良忍:融通念仏宗の宗祖
  真盛:天台真盛宗の宗祖
  一遍:時宗の宗祖
このように各仏教宗派の開祖が若い頃修行した地なので比叡山は「日本仏教の母なる山」と呼ばれています。
根本中堂、比叡山延暦寺の総本堂
国宝・根本中堂は、現在、大改修が2026年まで10年かけて行われていて、すっぽりと覆いをかぶっていました。
延暦寺のサイトを見るとこういう形だったんです。残念でしたが中は拝見出来ました。根本中堂では、仏像の目線が、参拝者と同じ高さにあります。お坊さんがお経をあげる場所は1階下がった所にあります。修行僧のエリートだけでなく、誰もが平等に仏様になれるという「仏凡一如」の考えを表していて当時は画期的なものだったそうです。
千二百年間灯り続けている「不滅の法灯」があるのがここ根本中堂です。不滅の法灯は、油を絶やすことなく注がなければなりません。つまりこれが、“油断大敵”、自分のことは後にして、まず他に尽くすという行為につながります。
最澄さんの教え「忘己利他」己を忘れて他につくす。
綺麗な外観は見られなかったのですが工事中の屋根を見下ろす珍しい光景を見ることが出来ました。これはこれで貴重。気の遠くなるような作業だと感心しました。
根本中堂の前にある階段を上ると比叡山の総門、文殊楼があるのですがTVの撮影中で遠慮しました。
大黒堂、最澄さんが初登叡のさいに大黒天を感見したところと言われ日本の大黒天信仰の発祥の地。
延暦寺会館で一休み
梵字ラテ
干支を伝え、守り本尊の梵字を入れていただけます。
守り本尊のお力を身体に頂戴するという意味もあるとか・・・
ミーハーな私は琵琶湖と紅葉を眺めながら梵字ラテを頂き、有難~い気分になったのでした😅
階段から来たので次は坂を上りました。
山の中なので坂道と階段ばかりです。いい運動になります。
左が法華総持院東塔、最澄さんが国宝的人材づくりの旗じるしとして、全国6ケ所に建てられた宝塔のひとつ。国宝的人材とは「一隅を照らす存在」置かれた場所で輝くことのできる人こそ、何物にも変えがたい国の宝であると最澄さんは言っています。
左は阿弥陀堂、檀信徒の先祖回向の道場、一般の回向法要もしているそうです。
東塔にはまだまだ見るところはあるのですが時間がないので次の西塔に移動しました。